この原稿は第一出版株式会社より発行されている「栄養と職事ニュース」の中の「星霜」というコラムに執筆した原稿です。
第一出版株式会社より許可を得て、全文を掲載致します。
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アワビと青菜と耳のないネコ
最初に質問です。ドラえもんに出てくるのび太君ならずとも一度は「光合成ができるようになったらずっとお昼寝できるのにな」と思ったことはありませんか?
では、人間に葉緑素を合成して加えてみたらどうなるでしょうか。その答えは、皮膚科医が知っています。
皆さんは光線過敏症という病気を知っていますか。遺伝子の異常や膠原病などにより、光を浴びると、皮膚に強い反応が起きてしまう病気です。
テレビで「宇宙服を着ないと外に出られない子」と紹介されることがあるのでご存知かもしれません。
原因となるのは光の中でも紫外線が多いとされています。。
実は薬剤でも同様のことが起きることが知られています。
ある抗生剤や痛みどめを飲んだり貼ったりした後に強い光を浴びると、激しいやけどや湿疹のような反応がおこることがあります。
特にある種類の痛み止めのシップでは貼った後に半年たっても起こることが知られています。
露出部で「長方形」に見える湿疹を診察したときに皮膚科医はまず、「シップを張ったことがありますか?」と聞くのはそのためです。
当然薬剤で起こることは食品でも起こりえます。(人間の体は「化学物質」としか判別しませんからね)
一昔前はクロレラによる光線過敏症が多発し、「クロレラ皮膚炎」と呼ばれていました。
原因はフェオフォルバイトと呼ばれる葉緑素の代謝産物です。
しかし、フェオフォルバイドについては当時の厚生省が規制を行ったため、今ではこうした症状は殆ど見ることはありません。
葉緑素といえば「光合成」。
なんとなく皆さん、光合成というと葉緑素のみが葉緑体の中でせっせと酸素とデンプンを作り出しているようにイメージするかもしれませんが、
実際は光合成とはもっと複雑な反応なのです。
実は葉緑体の表面には多数の葉緑素がパラボラアンテナのように配列しています。
また、その中心部には特別な葉緑素が漏斗状に付着しています。
そして光を浴びることで周囲の葉緑素はエネルギーを作り出し、それが中心の葉緑素に受け渡され、更に周囲にエネルギーが渡る反応を光合成と呼ぶのです。
(ちなみに、最初に水分子がエネルギーを受け取るので、水が分解され、結果的に酸素が生成されます)
逆に葉緑素のみ存在する状態では、光から受け取ったエネルギーは余ってしまい、周囲に光や熱という形で発散するしかなく、周囲が傷ついてしまうのです。
つまり人間の場合、その反応は光の当たる部分の皮膚で特に起こるので、皮膚科医がその状態の皮膚を観察することになるのです。
では、今では葉緑素やフェオフォルバイトによる光線過敏症は起きないのでしょうか?厚生労働省が規制しているから大丈夫?
いえいえ、そんなことはありません。今でもたまに報告がなされています。
健康食品については報告はないようですが、一般の食品、特に浅漬けの青菜漬などで起こることが知られています。
さて、最初の質問に話は戻ります。人間に葉緑素のみ加えただけでは、皮膚は日光を浴びるとただれてしまいます。
したがって、葉緑素のみならず、その周りの光合成のシステムを全部組み込まないといけません。
人間が日光浴のみで生きていける日は遠そうです。
最後に「耳のないネコ」の話です。
昔から漁師さんの間では、「ネコに食わすなアワビの肝」と言われていました。
アワビの肝の中には濃い緑色のものがありますよね。実はその緑色はアワビが食べた海藻の中に含まれる葉緑素の色です。
小さなネコがアワビの肝をたくさん食べると、(昔の港ではアワビの肝はその辺に転がっていたみたいです。うらやましい)
その葉緑素が全身を駆け巡り、皮膚にも蓄積されます。
光の当たりやすい耳の部分では、皮膚も薄いために光線過敏症の症状がとても強く現れて、最終的に壊死して耳がなくなってしまうのです。
また、慢性的に続く皮膚の刺激がきっかけとなって皮膚がんが発生し、耳がなくなってしまうこともあるようです。
まあ、最近はアワビの肝はその辺には落ちていないので、大丈夫だとは思いますけどね。